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2月の映画は劇場で

2月7日(土)  「マンマ・ミーア!」

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  ギリシャの島で小さなホテルを営むドナの愛娘ソフィの結婚式前日、三人の男たちが島にやって来る。父親を知らずに育ったソフィの夢は結婚式でヴァージンロードをパパと二人で歩くこと。かつての母の恋人サム、ハリー、ビルのうちの誰かが自分の父親だと見当をつけたソフィが、内緒で招待状を送ったのだ。式の準備でただでさえ大わらわのドナは、昔の恋人たちの出現に大ショック。果たしてソフィの父親は誰なのか?

 「ダンシング・クィーン」「恋のウォータールー」など70年代に次々とヒット曲を放ったABBAの楽曲から誕生したミュージカルは、今や世界中で上演を重ねる大人気の舞台だ。その待望の映画化を担ったのは、ロンドンでのオリジナル版を手がけた演出家フィリダ・ロイド、脚本のキャサリン・ジョンソン、製作のジュディ・クレイマーという女性クリエイター・トリオ。ステージの高揚感を丸ごとスクリーンに甦らせている。歌って踊るヒロインには演技派中の演技派メリル・ストリープ。その娘役をオーディションで勝ち取ったのは『ミーン・ガールズ』のアマンダ・セイフライド。バイタリティに満ちた女性たちの生き様が爽快な一本。
 最高のミュージカルを、大好きなそして懐かしい曲と共に、美しいギリシャの風景と相まって楽しむことができました。パンフレットにあったシーンと曲を紹介します。
 
 SOS サムとドナがお互いの感情を 「僕らの愛に何が起きたの?」「そばにいるのに遠くに感じるのよ」 と問いかけ合うシーンの曲。

 Does Your Mother Know?  ターニャが若者にハイ・テンションで 「ダンスぐらい踊ってもいいけど ママは知っているの?」 とモーションをかけながら歌い踊るナンバー。

 The Winner Takes It All 結婚式の直前に、サムに向けてドナが自らの愛の破局を「何もかも勝者が奪っていくのよ もうやめましょう 悲しくなるから」と切々と歌うドラマティックなナンバー。 

 Slipping Through My Fingers ソフィを送り出すドナが感慨を込めて 「あの子の考えていることが ようやく分かったと思うたびに もう成長している子 私の指の間をすり抜けていく」 と歌う感動的なナンバー。

  I Do I Do I Do I Do I Do 結婚式の教会で、サムがドナに 「認めておくれ 僕を愛していると 分かっているはずだよ」 と求婚するヒューマンなナンバー。

 When All Is Said And Done  結婚したサムがパーティで大人の愛について 「分かれ道に立つ僕ら ゆっくり行けばいい もう急ぐことはない 最後には 何もかも」 としんみり歌い、合わせてドナもハーモニーで加わる、非常にヒューマンなシーンの曲。

 Take A Chance On Me パーティでビルに 「私はフリーよ 試してみて 最高に楽しませるわ」 とモーションをかけるロージーを中心に歌われるハッピーなナンバー。

 Waterloo 物語が終了すると、70年代のABBA風コスチュームで登場した出演者たちがABBAナンバーを披露する。コンサートでいえばアンコールを彷彿させるお楽しみのシーンである。

 Thank You For The Music エンド・クレジットでアマンダ・セイフライドがアコースティックなアレンジでしんみり歌っている。

    楽曲解説/村岡裕司(音楽評論家) 歌詞の一部は映画字幕(翻訳・石田康子)より
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2月の読書

2月12日(木)  「千の輝く太陽」 ( カーレド・ホッセイニ著 )

 望まれぬ子として生まれたマリアムは、粗末な小屋で母と暮らしている。父は土産を持って毎週娘を訪れるが、兄弟達に逢わせることも、経営する映画館に連れて行くこともしない。ある日、マリアムは父の屋敷を突然訪れ、その扉を叩いた。それが、悲劇の始まりになるとも知らず…。そして彼女の人生は闇に包まれる。二十年後、聡明な少女ライラとの間に、美しい心の絆が生まれるまで。アフガニスタンの激動の歴史に翻弄されながらも力強く生き抜く女達の姿を感動的に描き、2007年度全米年間ベストセラー1位を記録。『君のためなら千回でも』著者の傑作長篇。

感動のうちに読み終わりました。女性が生きるにはあまりに過酷な国情と慣習のアフガニスタン。その中で生きる二人のヒロインは健気で強くて忍耐強くて優しくて。
 有り余る豊かさの中では目に入らないものも確かにある。本当に大切なものは形には表れない、そんな気持ちにもなりました。
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2月19日(木)  「悼む人」 ( 天童荒太著 )

週刊誌記者・蒔野が北海道で出会った坂築静人は、死者を<悼む>ために、全国を放浪している男だった。残忍な殺人や男女の愛憎がらみの事件の記事を得意とし、人の善意を信じられぬ、猜疑心の塊のような蒔野は、静人の不可解な行動に疑念を持つ。 「そんなことをして一体何になるというのか?」 蒔野は静人の化けの皮を剥ごうと、彼の身辺を調べはじめる 。
その頃、静人の母・巡子は末期の胃癌を患っていた。静人の妹・美汐も、別れた恋人の子供を身籠っていることが判明する。 「仏様の生まれ変わり」と言われた夫を殺害し、刑期を終えて出獄した奈義倖世は、殺害現場で亡夫を悼む静人と出会い、夫を殺した事実を告げぬまま行動をともにすることに 。

  <愛や死への思い問う鏡のような物語> 朝日新聞 12/14 重松清:評者から
「読み手の胸をうずかせた”痛み/悼み”は、本を閉じた瞬間に消え失せるものではない。物語は鏡だった。<悼む人>は物語から旅立って、読み手の生きる現実へと渡ってきた。静人の声が遠くから聞こえる。その声は、あなたには自分のことを悼んでくれる人がいますか、あなたが悼みたい相手はいますか、と繰り返し問いかけてくるのである」

 その人は誰を愛したか。誰に愛されたれたか。どんなことで人に感謝されたか。私自身が亡くなるとき、悼む人がいるのかとか不思議な恐怖を感じた。死に軽重をつけず、その人のことを決して忘れずにいるというのは、<人々の安逸な暮らしを乱し><人々を戸惑わせ、苛立たせる>ものだから。
 重松氏の評の冒頭にある言葉がまさに今の気持ちです。感想めいたことを書くよりその文を揚げておきます。<胸がざらつく。どうにも落ち着きようのない思いに包まれる>

2月22日(日)  「テロル」 ( ヤスミナ・カドラ著 )
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 イスラエルの都市テルアビブに瀟洒な家をかまえるアラブ系の医師アーミンは、最愛の妻シヘムとともに幸福な生活をおくっていた。だが、あの自爆テロがすべてを変えた。19名の犠牲者。その中にシヘムがいたのだ。呆然とするアーミンに刑事は衝撃的な言葉を吐く。「テロの首謀者はあなたの妻だ」妻は妊婦をよそおって爆弾を腹に抱え、自爆したという。なぜ彼女がそんなことを…。アーミンは真相を探るため、妻のルーツを探り、やがて想像を絶する真実に辿りつく。イスラムの夫婦の見えざる亀裂を描き出す、哀しみに満ちた愛の世界。テロが横行する極限下、イスラム社会の至高の愛と究極の絶望を描いた傑作。(本の裏表紙)

 真相を知ろうとするアーミンに対して若いムジャヒディンは言う
「どの真相かね。あなたにとっての真相か、それともあなたの妻にとっての真相か。自分の義務がどこにあるのかを考えた女にとっての真相か、それとも、悲劇から目を背けてばかりで自分は無関係だと思いこんだ男にとっての真相か。・・・」(p170)
そして最後にこう結ぶ。「奥さんが死んだのは、あなたの罪を購うためなのだ。」

 良書とはその本と出合うことで読者に「おもしろい」と感じさせてその後のその人の読書感覚を変えてしまうのみならず、世界の見方そのものまでも変えてしまう力を持っているのだということを、この作品は実感させてくれる。(訳者あとがきより)

1月の読書その後

  1月28日(水)  「カブールの燕たち」 (ヤスミナ・カドラ著) 早川書房

  タリバンに統治されたアフガニスタンの首都カブールは、まさにこの世の地獄。廃墟と化した町では私刑が横行し、人心は荒廃していた。アティク・シャウカトは、公開処刑される女囚専用の拘置所の看守。その妻ムラサトは不治の病に冒されている。昼は死刑囚の、夜は病気で苦しむ妻の世話をする日々はアティクに重くのしかかり、彼は心身ともに疲れ果てている。友人は離縁を薦めるが、命の恩人である妻を棄てることは……。
 もうひと組の夫婦はモフセンとズナイラ・ラマト。モフセンはブルジョア出身、ズナイラは名士の娘で女性解放のために闘う司法官だったが、二人とも今は職を失っている。
 <だがやがて、アティクは夫殺しで死刑を宣告された美しい女囚に一目惚れしてしまう。女を救おうと右往左往し、やつれていくアティクを見て、彼の妻は驚くべき提案をするのだった。 >
 普通の人々が普通に夢を見て理想を抱いて生きることを許されない世界で、「奇跡」は起こるのか? 「よどんだ沼に睡蓮が花開くように生まれた」この物語の中で、たしかに奇跡は起きたのだと思うようになった。(訳者あとがきより) 不思議なそして凄い奇跡の物語を読むことができた。 
 この本は、カドラが中東、とくにイスラム原理主義を描く三部作の第一作目にあたる。第二作目の「テロル」も読む予定です。           
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 2月4日(水) 「メモリー・キーパーの娘」 (キム・エドワーズ著) NHK出版

 1964年冬のある大雪の夜。医師デイヴィッドははじめてのわが子ー双子ーをその手で取りあげた。ひとりは元気な男の子だったが、続いて生まれた娘のほうはダウン症だった。彼はとっさに娘を施設に預けてほしいと看護師キャロラインに頼み、妻には死産と告げた。しかしキャロラインは赤ん坊をみずから引き取ることを決意する。デイヴィッドのついた嘘から家族の歯車がしだいに狂いだす一方、キャロラインは娘フィービを中心に強い絆で結ばれた家庭を築き、やがてふたつの家族の運命が交錯していく。
 流れを無理にでも押し留めようとするデイヴィット、流されても必死に前に進む妻ノラ、自分の道を見つけようともが子ポール。そんな流れとは離れた天真爛漫に笑うフィービ、悩みながらも彼女を支え続けるキャロライン。家族とは、人生とはなにかを25年という長い年月に編み込まれていく・・・。
 デイヴィット自らがつぐないを果たすことなく亡くなりますが、ラストはこんな文章で終わる。<ポールはそのとき気づいた。フィービの指の爪がとても短く切ってあること。・・・。妹の手は小さい。葉はそっくりだ。彼は草を踏んで彼女に近づき、肩に手をおいた。さあ、家に帰ろう。

 2月7日(土)  「みんな、同じ屋根の下」 (リチャード・B・ライト著) 行路社


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 副題に<サンセット老人ホームの愉快な仲間たち>とある。昨年の 8/24の朝日新聞に久田恵(ノンフィクション作家)の紹介があった。興味深い紹介であった。
 主人公のケイ・オームズビー。記憶力の減退におびえながらも、文学や音楽を愛し、時に、ひとり詩を朗読する。何点はやめられない煙草。就寝前のウイスキー。これは眠りを誘う妙薬か。物語は、その彼女がホームに入居してからのわずか一か月を描いている。
 「記憶とは過ぎ去ってしまったものではなく、それぞれの心身に刻まれたもの。老いとは、そのたくさんの記憶の<私>とともに生きていくことか」 (久田)
 「誰にはばかることなく、勝手に、はらはら、どきどき生きればいい。人生には、老いた分だけ、甘い記憶もすっぱい記憶も、いろいろとりそろっているから、はたから退屈そうに見えても、きっと退屈なんかしないのだろうな。」 (久田)
 深刻なテーマを含みつつも、愉快な物語です。

「滅びゆく肉体の衣のほころびが 一つふえるたびに/さらに 声を高くして歌うことだ」
(冒頭の W・B・イエーツの詩)

1月の映画その後

1月11日(日)    「ぼくの大切なともだち」

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 ある日オークションで、狙っていた年代物の壷を大枚はたいて落札した骨董商のフランソワ(ダニエル・オートゥイュ)は、その後の自身の誕生日のディナーで、みんなと会話を楽しんでいた。その席では、ある顧客の葬式のことが話題に。話によれば、その葬式には7人しか参列しなかったそう。ところが、そのときフランソワはみんなからこう言われる。「お前の葬式には誰も来ないよ」と。なぜなら彼には友達がいないから…。その発言に納得いかないフランソワは、落札したばかりの壷を賭けて「10日間で親友を連れてくる」と言い放ってしまった。果たして、彼は“親友”と呼べる友人を連れてくることができるのか…? パトリス・ルコント監督が“人生における本当の親友”をテーマに贈る悲喜劇。

 「これは友情についての映画ですが、ラブストーリーでもあります。愛も友情も孤独を癒す特効薬。愛もなく、友のいないひとりぼっちの人生は寂しい」とパトリス・ルコント監督は語る。なぜか真剣に観ていたのは自分にも当てはまるからか!
       
1月24日(土)   「ある愛の風景」

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 デンマーク・アカデミー賞で最優秀主演女優賞を獲得し、ハリウッドでのリメイク企画も進行しているデンマーク映画。生存が絶望的になった夫の戦死を告げられた家族と、別人のようになって奇跡の生還を果たした夫のドラマが展開する。スサンネ・ビアは、予期せぬ出来事によって揺らぐ日常を通して、人間を掘り下げようとする。9・11以後の世界には、どこで何が起こるかわからない不安が広がっている。それが交差するのが、「しあわせな孤独」に続くこの作品だ。
 夫としても父親としても完璧なミカエル、美しい妻のサラと可愛い2人の娘。一家は幸福そのものだった。しかし、軍人のミカエルがアフガニスタンへ派兵され、突如もたらされた訃報によってその幸せな暮らしは一変する。悲しみに暮れるサラと娘たちを支えたのは、刑務所帰りで、今までは常にトラブルの種だったミカエルの弟ヤニックだった。ようやく平穏な日々が戻りつつあった矢先、戦死したはずのミカエルが帰還する…。
 愛の再生を描いた作品。最も複雑で不確かな夫婦の愛は、静かな希望を残して終わる。

1月25日(日)   「アフター・ウェデイング」

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 インドで孤児たちの援助活動に従事するデンマーク人のヤコブ。彼を祖国に呼び寄せ、巨額の寄付と引き換えにその人生を支配しようとする実業家ヨルゲン。孤児を守るコスモポリタンは当然、傲慢な西洋人に激しい苛立ちを覚える。だが、ヤコブにも関わる秘密が明らかになるとき、その図式が揺らいでいく。 ふたりを対照的な存在にしているのは、何よりも境遇の違いである。力を持つヨルゲンは、自分の手が届かない未来までコントロールしようとし、喪失を背負うヤコブは、理想に救いを求めようとする。しかし実は彼らは、どちらも本質的に西洋人であり、父親としての愛に突き動かされている。
 人を愛する心とその裏にひそむ孤独、さらには家族の大切さを見つめた衝撃の展開は必見。
 同じ監督のもう一つの作品「悲しみが乾くまで」は、設定がちょっと・・・でパスか。
プロフィール

やまさん

Author:やまさん
 趣味はいろいろあるのですが、時間とお金の使い方が巧くいかない。
(時間があるときに限って、お金がなかったり)
映画鑑賞、読書(映画の原作を先に読むことも多い)
登山(ハードな山登りもこなすために日頃のトレーニングで汗をかく)
釣り(防波堤や浜での海釣り)
コンピュータのソフトを使い、書籍や雑誌、切り抜きの整理・・

 気軽に何でも書き込みして下さい(場所も気にしないでいいです)。

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