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サキシフラガ

 
 職場の玄関に飾られていた白い花(写真左)が気になっていた。二日後、茶っぽいもの(写真右)が加わって更に興味が湧く。
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 ふとした会話から、花の名前が分かった。サキシフラガ(=クモマグサ<雲間草>)です。花言葉は<活力>、可愛い花を一面に咲かせる山草。「石を割る」という意味の属名のとおり、繊細に見えても、根が岩を割って生きるほど丈夫な植物だそうです。北アルプスの白馬岳や御嶽山などにのみ咲く高山植物(クモマグサ)という(下の写真)。

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 花の話をしてくれた人が、驚いたことにその小さい物をプレゼントしてくれました。それなりの金額で買おうと思ってたのですが・・・。我が家の玄関に置きました。

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 成長が楽しみで、しっかり追って行こうと思います!


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図書館で見つけた2冊

3月31日(木)   「素数たちの孤独」  (パウロ・ジョルダーノ著)

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 桁外れの数学の才を持つ少年マッティアは、過去に犯したある罪のせいで、孤独の殻に閉じこもっていた。彼は家族や同級生と馴染めずに、みずからを傷つけ続けた。スキー中の事故で片足が不自由になった少女アリーチェ。彼女は、事故のきっかけを作った父を憎みながら育ち、醜い足へのコンプレックスから拒食の日々を送る。少年と少女の出会いは必然だった。二人は理由も分からず惹かれあい、喧嘩をしながら、互いに寄り添いながら、共に大人になった。だがやがて、小さな誤解が二人の恋を引き裂く。イタリアで120万部超の記録王で的セールス!世界的な注目を集める感動作。 イタリア人監督サヴェリオ・コスタンツァにより映画化され日本でも公開されてる。写真右は、主人公を演じた二人。なかなか雰囲気がでてる!

 「素数だってみんなと同じ、ごく普通の数でいたかったのかもしれない。ただ、何らかの理由でそうすることができなかったのではないか。」
 「僕とアリーチェは *双子素数と同じだ。マッティアはそう思っていた。どちらも孤独で途方に暮れていて、お互いに近くにいるけれど、本当に触れあうにはなお遠すぎる。」
    * 隣りあったふたつの素数 11と13,17と19,41と43といった素数のこと

 本文中にあった内容ですが、これだけで二人の関係が分かります。このあと展開が気になって一気に読んでしまいました。なかなか救われない物語ですが、ほのかな希望らしきものが見えたところで小説は幕を閉じる。


 4月17日(日)   「通訳ダニエル・シュタイン」  (リュドミラ・ウリツカヤ著)

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 ダニエル・シュタインはポーランドのユダヤ人一家に生まれた。奇跡的にホロコーストを逃れたが、ユダヤ人であることを隠したままゲシュタポでナチスの通訳として働くことになる。ある日、近々、ゲットー殲滅作戦が行われることを知った彼は、偽の情報をドイツ軍に与えて撹乱し、その隙に三百人のユダヤ人が町を離れた…。戦後は、カトリックの神父となってイスラエルへ渡る。心から人間を愛し、あらゆる人種や宗教の共存の理想を胸に闘い続けた激動の生涯。実在のユダヤ人カトリック神父をモデルにした長篇小説。


 「作中でも触れられている通り、本作の主人公ダニエルには実在のモデルがいる。「本物ダニエル」の名は、オスヴァルト・ルフェイン(1922~98)。あるいはキリスト教の「ブラザー・ダニエル」という呼び名の方が有名かもしれない。・・・・
 ウリツカヤは92年にルフェインと会い、すっかりこの型破りなカトリック神父に魅了されてしまった。だがその後、膨大な資料を読み、関係者へのインタビューを重ね、何度もイスラエルへ足を運んだにもかかわらず。「ノンフィクション」構想は頓挫し、結局ウリツカヤは「半ばフィクションで半ば実在」という手法に切り替えることになった。そして、この手法が見事に功を奏したのである。(訳者あとがきより)

 ダニエルを中心として、多彩な人物群がその周囲に絡み合っている。そしてその人物像を丁寧に描き出しています。そんな意味も含めてこの本のタイトルが「司祭ダニエル・・・」ではなく、「通訳ダニエル・・・」であることも納得しました。宗教関連で分かりづらい箇所も多々あったのですが何とか読み終えました。

 以前に読んだ「ソーネチカ」とはまったく異なる作品でした!


華麗なる巨人

3月26日(土)        「華麗なる巨人」   (多田富雄著)   

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 世界的な免疫学者・多田富雄は、二〇〇一年、脳梗塞に倒れ、言葉を失い右半身不随になった。しかし、重度の障害を背負いながら、現在も著作活動を続けている。障害者の先頭に立って介護制度の改悪に抗議し続ける著者は、自分の中に生れつつある新しい人を「巨人」と呼ぶようになった。杖で歩こうとするときの不器用な動作、しりもちをついたら、どんなにあがいても起き上がれないという無様な姿。言葉数の少ない「“寡黙”なる巨人」である。


久しぶりの映画館

3月26日(土)     「海炭市叙景」

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 両側を海に挟まれた北国の小さな砂洲の街・海炭市。職を失い、ひっそりと身を寄せるように暮らす若い兄妹。娘の出産を待ちながら、造船所のある町まで市電を運転する初老の運転士。両親が住むこの町に移り住むためやってきた妻子持ちの男は、みぞれ降るなかを引っ越し荷物の到着をひたすら待ち続ける……。架空の地方都市に生きる若者の屈折した青春の姿、一筋の光を求めて暮らす家族の再生を描き出す。

 原作の短編集より、「まだ若い廃墟」「ネコを抱いた婆さん」「黒い森」「裂けた爪」「裸足」の5編を中心に構成されたオムニバス作品である。原作を読んでいたのでそれぞれの関連が映画では巧く表現されていた。2時間40分は、ゆったりと進む構成では仕方ないかなと思う。残りも含めて原作も読んで欲しい。四季は冬から春に移り変わるが、この後「夏」と「秋」も書き進める構想だったという。

ナニワズ!

3月20日(日)  ナニワズ

 車でいつもこの時期に行く野山に。雪が多く残っていたのに驚く。<フキノトウ>を捜し求めたが、先客がいたり、雪で先に進めなかったりで僅か。少し降りてきて、川沿いの山の斜面を歩いていたら<黄色い花>を見つけました。驚いて写真に撮りました。

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 家に帰って調べてみたら、<ナニワズ>とあった。ジンチョウゲ科で、分布は北海道、本州(石川県以北)とあった。初夏に落葉する。黄色の花が多数集まって咲くが、花弁のよぷに見えるのはがくで、先が4裂している。果実は直径7~8mmで赤褐色に熟すとあった。


3月の本2冊

3月20日(日)    「オリクスとクレイク」    (マーガレット・アトウッド著)

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  人類がいなくなった海辺で、スノーマンは夢うつつを漂っている。思い出すのは、文明があったころの社会。スノーマンがまだジミーという名前だった少年時代。高校でめぐりあった親友クレイクとかわした会話。最愛の人オリクスとのひととき―。誰がこんな世界を望んでいたのだろうか。そして、自分はなにをしてしまったのだろうか。カナダを代表する作家マーガレット・アトウットが透徹した視点で描き出す、ありうるかもしれない未来の物語。

 あのころ、人類には文明があり、腕時計は毎日、確かな時を刻んでいた。思い上がった方法で文明を暴走させ、自然を破壊し、動植物を滅ぼし、自らが築き上げてきた社会の秩序とシステムを完全に破壊してしまった人類は、何を望んでいたのか。なぜ、そんな結末になったのか。ブッカー賞受賞の女流作家による壮絶な人類の未来図。

 「昏き目の暗殺者」の強烈な印象が残ってます。今回もグングンと読み進んでました。あり得る未来図であると自ら語り、単なるSF小説ではない内容にも頷ける。


3月24日(木)    「フェイスブック 若き天才の野望」    (D・カークパトリック著)

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 フェイスブックの若き天才CEO(最高経営責任者)、マーク・ザッカーバーグ。彼が掲げる「フェイスブックで世界をもっとオープンな場所にする!」という揺るぎないビジョンと魅力に、ハーバード大の仲間やシリコンバレーの起業家、ベンチャーキャピタル、大企業の経営者たちが次々と吸い寄せられる。マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOやヤフーはどうにかして買収しようと、躍起になる。提示される買収金額は8億ドル、10億ドル、20億ドル、150億ドル…と飛躍的に増えたが、それでもザッカーバーグはフェイスブックを売らなかった。本書では、26歳の天才CEOの成功と苦悩、そして野望を生き生きと描き出す。

 本書の解説にこの本の魅力について2点が挙げられている。急激な成長を遂げつつあり、全米のみならず全世界が注目すべき新興企業の生い立ちとその成長に関する内幕を追った筆致。ソーシャルネットワーク、ひいては過去・現在そしてこれからのインターネットのあり方について示唆に富んでいる点。最後の方に出てきた次の比較が興味深い。フェイスブックのここ数年来の注目語が、「ダサい奴になるな(Don't be lame)」だ。その意味は、もっと金を儲けるためだけや、みんながやれと言うからというだけの理由で何かをするな、」ということだという。
これは、グーグルの「邪悪になるな(Don't be evil)」と対照をなす。

 映画化作品の「ソーシャルネットワーク」は、もう一人の人物からみたフェイスブック?! 見かたにによる印象もこの本とは違うのかな。映画は見てません!

春一番 再び

3月19日(土)   角田山(コース変えて)

 春一番が吹いて、海からの風が強烈でした。

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                         真ん中は<オウレン>です

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角田山 花より雪!

3月13日(日)    角田山

 雪割草の花が咲いてるか見に行ったのですが、まだ早かったようです。そのまま登山に切りかえて山頂へ。雪もまだまだ多かった。海からの風も強かったのですが、爽やかな気分になりました。下山中に花が見れたのが救いです。

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瞳の奥の秘密

3月6日(日)    「瞳の奥の秘密」

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                朝日新聞<銀の街から> 沢木耕太郎 H22.8.10 
 
 2009年8月に本国アルゼンチンで公開され、歴史的な大ヒットを記録したという本作。アルゼンチン・アカデミー賞では13部門で受賞を果たすとともに、第82回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した話題作だ。アルゼンチンの名監督、フアン・ホセ・カンパネラが、70年代の祖国の情勢を背景に、過去の記憶に支配され苦悩する男の姿を描くサスペンス・ドラマ。主演のリカルド・ダリンはカンパネラ監督作の常連で、アルゼンチンの国民的俳優と言われている。過去と現在を巧みに交差させ、一人の人間の罪と罰や祖国の軌跡を浮き彫りにする構成が巧みだ。軍事政権下の不穏な空気に包まれるアルゼンチンの政情、そして衝撃的な秘密が暴かれるラストが興味深い。

パニョルの世界その2 映画

 レンタル店には置いてません! VHSで観た記憶があるのですが引き上げたそうです。2つの作品が収録されたDVDが発売されてますが・・・ 今回は画像や予告編の紹介にしておきます。


  「マルセルの夏」

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  「マルセルの母」

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 映画「マルセルの夏」予告編 Trailer of "La groire de mon pere"
      ↑クリック
 

パニョルの世界その1 本

 今回は91年に文庫本になったものを読むつもりでしたがどこの図書館にもなく、古い版で読むことにしました。画像はみな同じなのですが、スキャナーで取り込みました。


3月3日(木)      「少年時代1 父の大手柄」

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  夏休みを、メルセーユ近くの山村の貸別荘で、両親や弟、伯母さん夫婦と過ごした少年の日の、楽しかった毎日の生活をイメージ豊かに、また、明るくユーモラスに、活き活きと描きながら、初めての狩に出る父に、なんとしても成功させたい、伯父さんに勝たせたいと願い、そして、事実「大手柄(グロワール)」を立てさせるまでの経緯を中心とした話です。
 
3月5日(土)    「少年時代2 母のお屋敷」

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 前半:作者の9歳から10歳にかけて頃である。隣の農家の、純真で、野育ちの、そして作者よりも1歳年下の少年リリとの、丘や山を駆けめぐっての「冒険」に明け暮れする楽しい夏休みの毎日と、当然ながらやってくるその自由な日々の終わりに対する幼い主人公の、絶望的な反抗その挫折が描かれる。

 後半:その悲しみをみかねた母の配慮もあって、毎週毎の別荘=山小屋通いをするようになるが、そのために一人の無知で残忍な人間の心ない振舞のために、一家を見舞う屈辱の悲劇が描かれる。

 タイトルの「母のお屋敷(シャトー)」の由来について
 体の弱い妻や幼い子供たちをつれ、多すぎる荷物を分かち合い、あまりにも遠い道を行かねばならぬことから、「父」は、かつての教え子で、今は運河の点検係をしている青年のすすめるままに。その公用の鍵を借り、運河沿いに隣接している四つの広大な屋敷の中を通り抜けるという「近道」を選んでしまう。最後の第四の屋敷こそ、一家にとって、特に「母」にとっての「恐怖のお城」となる。
 後年、名をなし、財を得た作者が、それと知らずに買った「お城」こそ、この屋敷であり、この忘れ得ぬ事件の五年後(作者十五歳)に、若くして、はかなく世を去った最愛の「母」に、作者が捧げることになる「母のお屋敷」なのです。


 3月10日(水)    「少年時代3 秘めごとの季節」

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小学校の最終学年から、リセの第1学年の終わりまでが回想されている。パニョルの11歳から12歳にかけての時期であり、原書の副題『子供時代の思い出(アンファンス)』の「子供時代」が、ま季節をさに終わろうとする時期に相当する。
前半:自覚しない思春期の入口に立っているマルセルを最初に見舞い、彼をそのなかに溺れこませ、友(純真、誠実、こよなく愛すべき少年リリ)を裏切らせ、野山を捨てさせるのも、1歳年上の、コケティッシュな美少女イザベルとの「初恋」の様子。
後半:めでたくマルセーユのリセに入ったマルセルが、なにもかもがそれまでの生活とは異質な新しさにあふれている。仲間の生徒たちと同様に、肉親にも知らせない自分だけの生活を持ち始める姿が描かれる。仲間に己の「個性」を示すための、金持ちで、我が儘な少年との決闘が、結果として意外な勝利とその栄光が対をなして描かれる。

 第1巻、第2巻が、いずれも『わが肉親の思い出』に捧げられていたのに対して、この第3巻は『わが息子フレデリックに』捧げられている。『フレデリック』は、パニョルが50歳を越してもうけた一番末の男の子であり、第3巻執筆当時のフレデリックは、まさに、この巻での『マルセル』の季節を迎えようとしている年齢であったと思われる。

 
 以上の内容の大部分は、本のあとがきに注目すべきことをまとめてみました。それまで気付かなかったことなど、パニョルの世界を楽しみました。

プロフィール

やまさん

Author:やまさん
 趣味はいろいろあるのですが、時間とお金の使い方が巧くいかない。
(時間があるときに限って、お金がなかったり)
映画鑑賞、読書(映画の原作を先に読むことも多い)
登山(ハードな山登りもこなすために日頃のトレーニングで汗をかく)
釣り(防波堤や浜での海釣り)
コンピュータのソフトを使い、書籍や雑誌、切り抜きの整理・・

 気軽に何でも書き込みして下さい(場所も気にしないでいいです)。

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