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馬ノ髪山

11月26日(土)        馬ノ髪山 (757m)

 車で30分程で着いて、しかも3時間位で登って来れるような山があれば(今年登った山を除く)と思っていた。鱒谷沢沿いに登山道があり、沢を外れてからは杉林の急登が始まります。山頂近くでは膝まで雪がある中、動物の足跡があった。

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        ユズリハの実              山頂で見かけた実      帰りに上を見たら‥

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 登山口から沢沿いのコースを行く。下の左の写真で馬ノ髪山をとらえる。ここから沢を離れて急登りが始まる。

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                                           採ってもらえなかったナメコ

 最後は帰り道に寄った名水<景勝清水>で撮った。

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                                   焼峰山
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               二王子岳                俎倉山

 今年最後の登山になります!?     




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雨の土日の映画

11月19日(土)      「エリックを探して」

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 郵便局員のエリックは、出て行った2度目の妻の連れ子のライアンとジェスと3人で暮らしている。ある日、パニック障害の発作を起こしたエリックは、交通事故を起こす。元気の無いエリックを局員たちが励ますが、エリックの気分は晴れない。その夜、エリックが部屋に貼られたサッカー選手エリック・カントナのポスターに愚痴をこぼしていると、突然、部屋にカントナが現れた。カントナはエリックに前向きに生きていくよう諭していく。

 「麦の穂を揺らす風」でカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いた名匠ケン・ローチとサッカー界のスーパースター、エリック・カントナが手を組んだロマンティックコメディ。エリック・カントナは本人役で出演の他、製作総指揮も担当。90年代に社会派映画が懐かしい(「リフ・ラフ」「レイニング・ストーンズ」「レディバード・レディバード」)。ケン・ローチとコメディとは意外でした。最後は感動的ですらありました・


11月20日(日)      「イングロリアス・バスターズ」

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 1944年6月、ドイツ占領下のフランス。映画館主のミミューはドイツ軍の英雄フレデリックに言い寄られ、挙げ句にナチスのプロパガンダ映画をプレミア上映させられることになった。その事実をつかんだイギリス軍はナチス諸共映画館を爆破すべくアルド中尉率いる“イングロリアス・バスターズ”を動員し、スパイのブリジッドと接触を図らせる。一方ナチスでは“ユダヤ・ハンター”の異名をとるランダ大佐が動き出し…。

 見たい映画の「黄色い星の子どもたち」(劇場で見たかったが時間が合わず・・・12月のDVD発売を待っている)から同じ題材の映画に興味が湧く。「サラの鍵」を読んでから、同盟タイトルの映画も見たい。「黄色い星の子どもたち」の主演女優メラニー・ロランが出てるから見たくなった作品で、監督が好きでないために敬遠してきた。

11月20日(日)      「縞模様のパジャマの少年」

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 「ブラス!」「リトル・ヴォイス」など、心温まる人間ドラマを手掛けるマーク・ハーマンが、イギリスのベストセラー小説を映画化。ナチス将校を父に持つ少年とユダヤ人の少年。戦時下の狂気の中で芽生えた純粋無垢な友情の運命を描く感動作だ。オーディションで選ばれたエイサ・バターフィールドとジャック・スキャンロンが無邪気な少年たちを好演。

 同名タイトルのジョン・ボインの原作はパスしていいのかな! 子どもの目を通しての作品です。

 最後に最近地方新聞に紹介されていた本を2冊紹介しておきます。タミ・シェム=トヴ著「父さんの手紙はぜんぶおぼえた」(岩波書店)とアナ・ノヴァク著「14歳のアウシュヴィッツ」 (白水社)です。前者はオランダで、ユダヤ人であることを隠して名前を変え、両親と離れて過ごすことになった少女リーネケの毎日の生活と、お父さんから送られてきた絵入りの楽しい手紙をまとめたもの。後者はナチスの脅威にさらされてたハンガリーの少女の手記です。

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読みたい本の前に

 読みたい本は、「エドガー・ソーテル物語」 (デイビット・ロブレスキー著)。図書館にあるのを確認して借りようとしたが、貸出中とここと。予約をした。その時、借りた本が次の2作。 「バーデン・バーデンの夏」 (レオニード・ツィブキン著)「ディビザデロ通り」 (マイケル・オンダーチェ著)です。

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11月17日(木)     「バーデン・バーデンの夏」     (レオニード・ツィブキン著)

 私はドストエフスキーの妻アンナの日記を携え旅に出た――ロシアの幻の傑作!
語り手は、汽車でモスクワからレニングラードに旅するユダヤ人の旅行者。アンナの日記には、新婚の夫妻がヨーロッパに滞在し、バーデン・バーデンで夫が賭博熱にとりつかれ、借金を抱え、感情の爆発に悩まされ、屈辱を味わい、怒り、後悔し、妻に懇願する姿が描かれている……二つの旅が渾然と溶け合う、二つの愛の物語。

 この本は、フョードル・ドストエフスキーとレオニード・ツィプキンとスーザン・ソンタグが関わっている。作者がツィプキンであり、ドストエフスキーをめぐるしょうせつであるのはいいとして、どうしてアメリカの批評家ソンタグが関係してくるのかといえば、それは、もし彼女に「発掘」されなければ、この作品は世に知られることなくひっそり古本の山に埋もれていたかもしれない。この辺の経緯についてはソンタグのエッセイ「ドストエフスキーを愛するということ」に詳しい。

 この小説の独創性は、ふたつの異なる物語が絡み合い、縒りあわさっている。一つ目の物語は、1867年ドストエフスキーが新妻アンナを伴ってペテルブルグを出発し、ドレスデンやバーデン・バーデンで過ごした一夏の様子を再現したものである。ふたりでレストランや美術館に行ったり、気むずかしいドストエフスキーが些細なことで怒ったり、賭博にのめりこんではなけなしの金を使ってしまったりといった細々した生活風景が描かれているが、これは、アンナ夫人が詳細につけていた日記や回想をもとに、作者/語り手が想像を交えて再構築したもので、虚実が渾然としたものである。もうひとつは、1960-70年代と思しき冬、その『アンナの日記』を携えてモスクワから列車でレニングラードに行く語り手「私」の物語である。ここには、車中や途中駅の様子、車窓の景色が描かれ、その合間にドストエフスキーや彼の生み出した登場人物たちについての思索が織り込まれている。

 ほぼ1世紀という時間を隔てた、ドストエフスキー夫妻による夏のヨーロッパ旅行と、語り手自身による冬のロシア旅行が、アンナの日記と語り手の空想を介して重ねあわされている。「過去の夏」と「現代の冬」を対置させているのは、1863年にドストエフスキーが初めてヨーロッパを旅したときの印象を書きとめた紀行文『冬に記す夏の印象』を意識してのことかもしれない。(あとがきからの抜粋)




11月21日(月)     「ディビザデロ通り」     (マイケル・オンダーチェ著)

 姉妹を引き裂いた、嵐の日のできごと。「イギリス人の患者」の著者による、優美で官能的な最新長篇。
血のつながらない姉妹。記憶を失った賭博師。ジプシーの一家と小説家。いくつかの物語は、その境界線上でかすかに触れ合いながら、時のはざまへと消えていく。和解できない家族。成就しない愛。叶うことのない彼らの思いが、異なる時代といくつもの人生を、一本の糸でつないでいく。ブッカー賞作家が綴る、密やかな愛の物語。

 カリフォルニア北部の片田舎、人里離れた農場に住むアンナとクレアとクープ。出生時に母親を亡くしたアンナと、ある事情からいっしょに暮らすことになる、血のつながりのないふたりのこども、クレアとクープ。外界から隔絶された小さな農場で、三人はしだいに成長していくが、アンナが16歳になったとき、なかば自然のなりゆきから、4歳年上のクープと男と女の関係を結ぶことになる。だが、それも束の間、ある日、ふたりの関係を発見した父親がクープを半殺しの目にあわせるという事件が起きて、ひとりの男と3人のこどもがつくっていた「家族」は砕け散り、以後、彼らはそれぞればらばらに自分の人生の軌跡をたどっていく。クープは西海岸を渡り歩くうちに、ギャンブルで生計を立てるようになり、クレアはサンフランシスコに出て、公選弁護人事務所の調査員として働きながら、週末にはひとり農場に残された父を訪ねるという生活をするようになる。
アンナは、(次に登場するとき、彼女はすでに30を過ぎており、文学研究者としてフランスの片田舎の領主の館に滞在している。この古い館は作家、リュシアン・セグーラが晩年を過ごした場所であり、彼女はそこで、この忘れられた作家の生涯を掘り起こしている。この後、アンナはジプシー・ギタリストの青年と出会って、ついに初めて自分の過去をのすべてを打ち明ける勇気を奮い起こすが・・・3人を含めてその後のことが書かれることはない。物語は過去に遡って、晩年のセグーラ、そして少年期のセグーラと隣人の幼妻の話になっていく!?

作品を書きはじめるとき、オンダーチェはいつもなんの構想ももっていないらしい。あらかじめ定められた構想を文字にしていくことほど退屈なことはない、と彼は言う。本書の物語の場合、最初のきっかけになったのは、たまたま通りすがりの人から聞いた、納屋で馬があばれだして、持ち主が蹴り倒されたという逸話だった。彼はそれをメモした。嵐の夜。納屋の馬が正気を失ってあばれだす。床にうずくまる少女。それがひとつの鍵穴になり、それを通して残りの物語のすべてを発見したのだという。(以上、あとがきより抜粋)

いくつもの物語の断片がどこかで通底し、響きあっているようだが、私にはそれがひとつの作品世界は
みえてこない。なぜか後味が良くないと感じるのは私だけか。

2つの映画と原作

11月11日(金)   

 第2次世界大戦下の1942年7月16~17日に起きた、フランス政府と警察当局によるユダヤ人住民を一斉検挙して強制収容所へ大量移送したヴェル・ディヴ事件。子供たちと母親が引き裂かれる姿を描いた「黄色い星の子供たち」。主演の母親役をメラニー・ロラン(「オーケストラ」の演技が最高でした)

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    ちらし二種類

 「黄色い星の子供たち」が地方でも公開されましたが時間が合わないので困っていた。その後、DVDが販売されるとのことでそれを待つことにした。原作はあるのだろうかと探したのが「サラの鍵」(タチアナ・ド・ロネ著)だった。新潮クレストブックを図書館から借りてきて読み始める。<映画化決定! 主演:クリスティン・スコット・トーマス>と裏表紙にあった! そう、2つの作品は同じ事件を題材にしたものであった。後者は、この痛ましい事実を基に現在と過去を交差させて語るドラマである。

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            原作本と映画のちらし

11月13日(日)  「サラの鍵」     (タチアナ・ド・ロネ著)
 「美しく、痛切で、圧倒的な説得力。時に読み続けるのが苦しかったけど、どうしても本を置くことができなかった」(ベス・ハービソン<作家>) パリで平穏にクラス45歳のアメリカ人記者ジュリアは、戦時中にこの街で起きたユダヤ人迫害事件を取材することに。しかしその事件が彼女の、そして家族の人生を深く、大きくゆさぶりはじめる‥‥。

 33ヶ国で出版、300万部突破のベストセラーは現代と過去が結実する胸を打つ作品です。是非、読んでほしい作品です。

歴史的事実
 1942年7月16日の早暁、パリとその近郊に住むユダヤ人1万3152人が一斉に検挙され、ヴェロドローム・ディヴェール(略称ヴェルディヴ)という屋内競技場に連行された。トイレも使えず、満足な食事も与えられないまま、六日後彼らのほぼ全員がアウシュヴィッツに送られた。戦後、生還できた者は約400人に過ぎなかった。当時パリを占領していたナチス・ドイツの意向が裏ではたらいていたとはいえ、この一斉検挙を積極的に立案し、実行したのはまぎれもないフランス警察だった。1940年、ドイツに敗北した後に誕生したフランスのヴィシー政権は、あらゆる面で親独的な政策を推し進め、ユダヤ人身分法を成立させるなどしてユダヤ人を迫害していた。戦後、共和制が復活すると、この事件は”自由フランス”の忌まわしい汚点としてタブー視された。戦後生まれの世代が増えるにつれ、事件そのものを知らないフランス人が体勢をを占めていった。1995年7月16日、当時のシラク大統領が行った演説は画期的な意義を持っていた。53年前の同日、450人のフランス人警官がユダヤ人の一斉検挙を行って彼らを無残な死に追いやったことをはっきり認め、国家として正式に謝罪したのである。
 その演説を聴いて、犠牲になった”ヴェルディヴ”」の子供たち”のことを初めて知ったフランス人はかなりの数にのぼった。本書の生みの親、タチアナ・ド・ロネもまたその一人であった。
「シラク大統領の演説は本当にショッキングでした。”ヴェルディヴ”のことは学校でも教えられず、ほとんど知りませんでしたから。あの演説を機に、”ヴェルディヴ”についてもっと詳しく知りたいと欲求が猛烈に湧いてきて、可能な限りのリサーチを重ねたんです。それからですね、あの子たちのたどった悲惨な運命を決して埋もれさせてはいけないという使命感が私のなかでふくらんでいったのは」

 まえがきにも記されているように、ド・ロネは本書を単なる歴史書にするつもりはなかった。その悲劇を現代に生きるわれわれの胸に蘇らせ、われわれのドラマとして共有したかったのだ。その願いが見事に果たされた。本書の中盤に至るまで、過去と現代を巧みに交錯させてストーリーを展開させている。一つは、思いもしない悲劇に巻き込まれ、恐怖に直面しながらも健気にいきていく少女の視点。もう一つは、それから60年後の現在、自らの暮らしの不協和音に悩みながらも、少女の運命に肉薄していこうとする女性ジャーナリスト(著者自身)の視点。そしてとうとう少女とジャーナリストの軌跡がある一点で交わるとき、物語は前半のクライマックスを迎える。物語は後半、少女のその後を現代に負うジャーナリスト、ジュリア・ジャーモンドの視点に収斂されていく。物語は最後に、ある語らいを通して、静かな鎮魂の祈りに昇華する。そのとき少女の名前は未来への梯となって、希望の谺を読む者の胸に響かせる。(以上、あとがきからの抜粋です)

文化の日の登山 その2 日本国

11月3日(木)            日本国

 14時半小俣小学校の登山口に着く。駐車場には車がまだ5,6台止まっていた。これから周遊コースの人たちが降りてくるのかな。90分位で登りたいが‥‥‥。

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                                                   紅葉もきれいです!   
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                                                   山頂を捉えました

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            蛇逃峠                                        タカ待つ場跡

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                   山頂と日本国の名前の由来   

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 登山口に戻ったのが16時9分。さすがに車は私の一台だけ。家に着いたのは18時半前でした。朝から天気だったもう一つ<鈴ヶ滝>も見れたかな。



 
        

文化の日の登山 その1 摩耶山

11月3日(木)         摩耶山

 天気が気になっていたが、山形は曇りから午後に晴れるとあったので4時に起きて準備し車を走らせた。ところが、中条付近から激しい雨に遭いしばらく車を止めて待つ。こんな雨じゃ登っても渓谷沿いの道はダメかと家に帰って寝た。8時過ぎに起きて外をみると明るくなっている。天気も北上すればするほど回復するのではと信じ、車を走らせる。距離は100Km弱。

 何回か登ってるので道は分かると思ってました。関川登山口はすぐ分かったのですが、越沢登山口の標識が見つからない。カーナビで<後斜後方>になるため分かり辛かった。車で約2Km林道を進むと、懐かしい橋と共に駐車場に着く。(10時)

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     こちらはすぐ分かったが        途中からコース選択ができるので○       懐かしい赤い橋

 コースは、分岐から滝の脇の鉄梯子を登る上級者コース、そして中尾根コースで一気に山頂を目指す。

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       山頂です             鉾ヶ峰(手前)と鑓ヶ峰(後方)          以東岳!?

 朝日連峰の前衛山群のひとつである摩耶山は、千メートルの標高が疑わしいほど峻険な山です。東面は険しく削ぎ落とされた岸壁をさらし、西側は深いブナ林に覆われている。右の写真は以東岳と思われる。朝日連峰もみえる。

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      厩山(まやさん)の奥の宮              六体地蔵尊    

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 摩耶山避難小屋から七つ滝コースへも行ける。今回は、追分の分岐から初心者コースを下る。(14時3分)

 この後せっかくの遠出なので雷峠で戻り、日本国山に登ります!

飯豊(朳差) その3 権内尾根

10月30日(日)      朳差小屋~権内尾根~大石ダム(東俣コース)

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                   朳差岳から0.4Kmの長者原                          前朳差岳

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                         前朳差岳から昨日登った二ノ峰と一ノ峰

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      雨模様の先は雲           このコースは標識がしっかりある          雨量観測所 

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    なめこなめこなめこ‥‥‥‥        立派ですが届きません!           これならお馴染み

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     カモス橋から               そして、下から

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       林道終点の橋   ここからダムまで8Km   もうすぐ終わり!

 デジブック版もあります

プロフィール

やまさん

Author:やまさん
 趣味はいろいろあるのですが、時間とお金の使い方が巧くいかない。
(時間があるときに限って、お金がなかったり)
映画鑑賞、読書(映画の原作を先に読むことも多い)
登山(ハードな山登りもこなすために日頃のトレーニングで汗をかく)
釣り(防波堤や浜での海釣り)
コンピュータのソフトを使い、書籍や雑誌、切り抜きの整理・・

 気軽に何でも書き込みして下さい(場所も気にしないでいいです)。

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