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久しぶりのビデオ2本

4月9日(土)

  「アメリア 永遠の翼」

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 1928年、乗客として大西洋を横断した初めての女性アメリア・イヤハートは、パブリシストで後に夫となるジョージ・パットナムと組んで著書の出版や講演会など様々なプロモーション活動を展開し人気セレブの地位を確立する。1932年、今度は自らが操縦桿を握り女性初の単独大西洋横断を達成する。これを皮切りに大陸横断、太平洋横断と次々に記録を塗り替えてゆく。そんな彼女の最大の夢は世界一周飛行だった。

 アメリアは、1937年にナビゲーターのフレッド・ヌーナンと共に赤道上世界一周飛行に向かって、カリフォルニア州オークランドからロッキード・エレクトラ10Eで飛び立ち、同年の7月2日にはアメリカ領の無人島であるハグランド島を目的地にするが、その後到着することなく消息を絶っていた。
 当時のアメリカ政府は、多額の金をつぎ込み捜索したが何も見つからず、捜索は打ち切っていた。だが近年、航空機の捜索や保存を行っている研究グループ「タイガーが、キリバス領のニクマロロ島(無人島)で、化粧用のコンパクトの一部とみられるガラス破片や、戦前に使われていたアメリカの瓶(ボトル)、ポケットナイフなどを発見し、さらにその近くでは、たき火をおこした形跡や、魚や鳥の骨も見つけていた。
 この件に関して研究グループ「タイガー」のエグゼクティブ・ディレクターのリック・ガレスピーは「この骨の発見当初は、ウミガメの骨であるとも考えられたが、さらなるリサーチを重ねた上で、人間の骨である可能性があると認識した」とコメントを残している。
 そして現在、この研究グループがオクラホマ大学の遺伝発生生物学研究所に、アメリアの家族とのDNA鑑定を依頼して調べてもらっているようだ。この鑑定の結果は、2、3週間から1か月はかかるとみられている。もし彼女のものと一致すれば、彼女はニクマロロ島で漂流者として残りの人生を過ごしていたことになり、長い間不明だった彼女の最後の消息がようやく明らかになる。


  「シスタースマイル ドミニクの歌」

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 1950年代末のベルギー。直感を信じ行動するジャニーヌは、アフリカで救援活動に我が身を捧げる日を夢見ていた。一方、母ガブリエルは娘を結婚させて家業のパン屋を継がせると決め、本人の語る夢には聞く耳を持たなかった。独善的な母親から逃れ、生きる意味と安息を求め修道院に入るジャニーヌ。厳格な規律に反発しながらも、やがて音楽の才能を開花させ、修道会の聖人ドミニコを讃える歌「ドミニク」を作詞作曲する。

 ペギー葉山やザ・ピーナッツがカバーしていたあの曲。だが人々に声が届く喜びを知り、教会とレコード会社に利用されていると知った彼女は、専業歌手を目指して、修道院を出る決意をする。そこから彼女の人生は急下降を始める。彼女に乗っかろうとするレコード会社の思惑で郊外の一軒家を借りたものの、教会のお墨付きを失うと、レコード会社にも無視され、生活もままならなくなった彼女は、フランス語圏のあるカナダ・ツアーの誘いを受ける。そこで彼女は周囲の反対を押し切って、女性に避妊権を与えることを勇気づける「黄金のピル」という曲を発表してしまう。女性を救うものと信じながら、下降線を描き始めた彼女の人生にブレーキがかかることはなかった。こんな後の人生があったとは・・・。


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 趣味はいろいろあるのですが、時間とお金の使い方が巧くいかない。
(時間があるときに限って、お金がなかったり)
映画鑑賞、読書(映画の原作を先に読むことも多い)
登山(ハードな山登りもこなすために日頃のトレーニングで汗をかく)
釣り(防波堤や浜での海釣り)
コンピュータのソフトを使い、書籍や雑誌、切り抜きの整理・・

 気軽に何でも書き込みして下さい(場所も気にしないでいいです)。

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