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読みたい本の前に

 読みたい本は、「エドガー・ソーテル物語」 (デイビット・ロブレスキー著)。図書館にあるのを確認して借りようとしたが、貸出中とここと。予約をした。その時、借りた本が次の2作。 「バーデン・バーデンの夏」 (レオニード・ツィブキン著)「ディビザデロ通り」 (マイケル・オンダーチェ著)です。

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11月17日(木)     「バーデン・バーデンの夏」     (レオニード・ツィブキン著)

 私はドストエフスキーの妻アンナの日記を携え旅に出た――ロシアの幻の傑作!
語り手は、汽車でモスクワからレニングラードに旅するユダヤ人の旅行者。アンナの日記には、新婚の夫妻がヨーロッパに滞在し、バーデン・バーデンで夫が賭博熱にとりつかれ、借金を抱え、感情の爆発に悩まされ、屈辱を味わい、怒り、後悔し、妻に懇願する姿が描かれている……二つの旅が渾然と溶け合う、二つの愛の物語。

 この本は、フョードル・ドストエフスキーとレオニード・ツィプキンとスーザン・ソンタグが関わっている。作者がツィプキンであり、ドストエフスキーをめぐるしょうせつであるのはいいとして、どうしてアメリカの批評家ソンタグが関係してくるのかといえば、それは、もし彼女に「発掘」されなければ、この作品は世に知られることなくひっそり古本の山に埋もれていたかもしれない。この辺の経緯についてはソンタグのエッセイ「ドストエフスキーを愛するということ」に詳しい。

 この小説の独創性は、ふたつの異なる物語が絡み合い、縒りあわさっている。一つ目の物語は、1867年ドストエフスキーが新妻アンナを伴ってペテルブルグを出発し、ドレスデンやバーデン・バーデンで過ごした一夏の様子を再現したものである。ふたりでレストランや美術館に行ったり、気むずかしいドストエフスキーが些細なことで怒ったり、賭博にのめりこんではなけなしの金を使ってしまったりといった細々した生活風景が描かれているが、これは、アンナ夫人が詳細につけていた日記や回想をもとに、作者/語り手が想像を交えて再構築したもので、虚実が渾然としたものである。もうひとつは、1960-70年代と思しき冬、その『アンナの日記』を携えてモスクワから列車でレニングラードに行く語り手「私」の物語である。ここには、車中や途中駅の様子、車窓の景色が描かれ、その合間にドストエフスキーや彼の生み出した登場人物たちについての思索が織り込まれている。

 ほぼ1世紀という時間を隔てた、ドストエフスキー夫妻による夏のヨーロッパ旅行と、語り手自身による冬のロシア旅行が、アンナの日記と語り手の空想を介して重ねあわされている。「過去の夏」と「現代の冬」を対置させているのは、1863年にドストエフスキーが初めてヨーロッパを旅したときの印象を書きとめた紀行文『冬に記す夏の印象』を意識してのことかもしれない。(あとがきからの抜粋)




11月21日(月)     「ディビザデロ通り」     (マイケル・オンダーチェ著)

 姉妹を引き裂いた、嵐の日のできごと。「イギリス人の患者」の著者による、優美で官能的な最新長篇。
血のつながらない姉妹。記憶を失った賭博師。ジプシーの一家と小説家。いくつかの物語は、その境界線上でかすかに触れ合いながら、時のはざまへと消えていく。和解できない家族。成就しない愛。叶うことのない彼らの思いが、異なる時代といくつもの人生を、一本の糸でつないでいく。ブッカー賞作家が綴る、密やかな愛の物語。

 カリフォルニア北部の片田舎、人里離れた農場に住むアンナとクレアとクープ。出生時に母親を亡くしたアンナと、ある事情からいっしょに暮らすことになる、血のつながりのないふたりのこども、クレアとクープ。外界から隔絶された小さな農場で、三人はしだいに成長していくが、アンナが16歳になったとき、なかば自然のなりゆきから、4歳年上のクープと男と女の関係を結ぶことになる。だが、それも束の間、ある日、ふたりの関係を発見した父親がクープを半殺しの目にあわせるという事件が起きて、ひとりの男と3人のこどもがつくっていた「家族」は砕け散り、以後、彼らはそれぞればらばらに自分の人生の軌跡をたどっていく。クープは西海岸を渡り歩くうちに、ギャンブルで生計を立てるようになり、クレアはサンフランシスコに出て、公選弁護人事務所の調査員として働きながら、週末にはひとり農場に残された父を訪ねるという生活をするようになる。
アンナは、(次に登場するとき、彼女はすでに30を過ぎており、文学研究者としてフランスの片田舎の領主の館に滞在している。この古い館は作家、リュシアン・セグーラが晩年を過ごした場所であり、彼女はそこで、この忘れられた作家の生涯を掘り起こしている。この後、アンナはジプシー・ギタリストの青年と出会って、ついに初めて自分の過去をのすべてを打ち明ける勇気を奮い起こすが・・・3人を含めてその後のことが書かれることはない。物語は過去に遡って、晩年のセグーラ、そして少年期のセグーラと隣人の幼妻の話になっていく!?

作品を書きはじめるとき、オンダーチェはいつもなんの構想ももっていないらしい。あらかじめ定められた構想を文字にしていくことほど退屈なことはない、と彼は言う。本書の物語の場合、最初のきっかけになったのは、たまたま通りすがりの人から聞いた、納屋で馬があばれだして、持ち主が蹴り倒されたという逸話だった。彼はそれをメモした。嵐の夜。納屋の馬が正気を失ってあばれだす。床にうずくまる少女。それがひとつの鍵穴になり、それを通して残りの物語のすべてを発見したのだという。(以上、あとがきより抜粋)

いくつもの物語の断片がどこかで通底し、響きあっているようだが、私にはそれがひとつの作品世界は
みえてこない。なぜか後味が良くないと感じるのは私だけか。

この記事へのコメント

雨で順調な本と映画 - やまさん - 2011年11月21日 22:41:12

瞳さん、お久しぶりです!
病気で大変でしたね。元気になられて何よりです。
11月に入っての週末は,私用と雨続きで山登りはしてません。
本と映画は順調です。というか、先週末から映画4本観ました。
新作も含めて1本50円で借りれます。「エリックを探して」「イングロリアス・バスターズ」「縞模様のパジャマの少年」、そして今日「ヤコブへの手紙」でした。
中2本はいずれも1940年頃のナチスやユダヤ人をあつかった作品です。
本の「サラの鍵」がよかったので映画も観たいです! 「黄色い星の子どもたち」のDVDも楽しみです。

>先日ご紹介いただいた「シネロマン」図書館で借りてきました
時代が1930年代と古いのですが、みすぼらしい(!)田舎町の映画館マジック・パレス。「ニューシネマパラダイス」を思い出します。人びとの哀歓が伝わってくる作品で、第4部の<帰ってきた人気俳優>がいいですよ。46の断章が時代を紡いでいくのですが、時に昔の映画のあるシーンが語られたりして作家の映画に対する思いが感じられる。
私にとっては久しぶりに購入した本の1冊です。

山の写真見てくれたのですね。なめこは樹の上の方にりっぱなものがあったのですが<特殊な武器>がないと採れません。結構おおきな鍋で<なめこ汁>にしました!

1か月ぶりに映画も観たので、そちらに伺って話をします。

- 瞳 - 2011年11月20日 10:32:20

やまさん、おはようございます。

寒くなりましたね、でもさすがやまさん、活動的~♪
登山行かれてますね。紅葉が綺麗です。
なめこなめこ、なめこ~(笑)美味しそう。

読書。
いつも思うのですがやまさん、興味深い本をどんな風に探してこられるのかしら。
こちらの2冊も面白そうですね。
先日ご紹介いただいた「シネロマン」図書館で借りてきました。

映画はフランス映画「クリスマスストーリー」の家族の複雑な物語に圧倒されました。
今「ゴーストライター」をレンタル中です。

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プロフィール

やまさん

Author:やまさん
 趣味はいろいろあるのですが、時間とお金の使い方が巧くいかない。
(時間があるときに限って、お金がなかったり)
映画鑑賞、読書(映画の原作を先に読むことも多い)
登山(ハードな山登りもこなすために日頃のトレーニングで汗をかく)
釣り(防波堤や浜での海釣り)
コンピュータのソフトを使い、書籍や雑誌、切り抜きの整理・・

 気軽に何でも書き込みして下さい(場所も気にしないでいいです)。

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