2009-01-12
アフガンを考える
1月11日(日) 「君のためなら千回でも」
1978年冬、アフガニスタンの首都カブール。12歳のアミールは、ハザラ人の親友ハッサンと仲良く遊ぶ日々を送っていた。アミールは父ババと共に恵まれた生活を送っており、ハッサンは父アリと共にアミールの家で召使いとして働いていた。
恒例の凧合戦の日、子供たちは二人一組で糸巻きと糸の操作を分担して、巧みに糸を操り他の凧の糸を切るのを競っていた。街中の人々が勝敗に熱狂するこの凧揚げで、アミールとハッサンは見事優勝する。しかし、凧を拾いに行ったハッサンは、日頃からハザラ人のハッサンを嫌っているパシュトゥーン人のアセフたちに襲われてしまう。ハッサンを探しに行ったアミールはその現場を目撃するが、何もできずその場を去ってしまう。それを機に二人の間には距離ができたまま、1979年にソ連によるアフガニスタン侵攻が始まり、アミールは父と共にアメリカへと亡命する。
2000年、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ。アミールと妻ソラヤのもとに、アミールの初めての本が出版社から届く。そこへ電話がかかり、アミールはパキスタンにいるラヒム・ハーンを訪れ、パキスタンからタリバン独裁政権下の故郷へ向かうことになる。
原作(=右の画像)の脚本をデイヴィッド・ベニオフ (=「25時」を書いた作家)、サム・メンデスが製作総指揮、マーク・フォースター監督により映画化される。
中々いい映画でした。是非見てほしい作品です。原作も注文しました。(ハヤカワepi文庫)

関連して朝日新聞(1月8日)に、<アフガンを読む>人々の姿に近づきたいという記事と本3冊も紹介しておきます。
オバマ次期米大統領が、兵力増派の方針を明らかにしたアフガニスタン戦線の行方は日本にも影響が大きい。欧米では、男性優位の社会から抑圧を受ける、アフガニスタンの女性を描いた、男性作家による小説が目立っている。
11月に決まったフランスの権威ある文学賞・ゴンクール賞は、元アフガン難民作家が夫や社会から抑圧される女性を描いた小説「シンゲ・サブール 忍耐の石」だった。
一方、米国ではカーレド・ホッセイニ 『千の輝く太陽』 (土屋政雄訳、早川書房)が07〜08年に大ベストセラーになっている。アフガンの激動の歴史、とりわけ30年近く続く戦乱に運命がかえられ、夫や社会の暴力に苦しむ女性2人の魂の交流と、自由を求める行動を描く。
65年にカブールで生まれたホッセイニは父親が外交官。15歳で家族と米国に亡命し、医師になった。03年、初めての小説 『君のためなら千回でも』 (佐藤耕士訳、早川書房)で、伝統的なたこ揚げ遊びをする少年たちの友情と裏切り、成長してからの贖罪を描いてベストセラーになり、映画化もされた。
2作とも、シルクロードの十字路としてパシュトウン、タジク、ウズベク、ハザラなどの多民族の歴史や豊かな文化、軍閥の対立なども巧みに織りこんだ。しかし、読後、もどかしさがある。アフガンの伝統社会やタリバーンの、女性への抑圧や暴力はひどい。しかし、それが現在のアフガン戦争で、米国や多国籍軍の側からの視線に転化されそうな危うさを感じるのだ。
フランスで女性名で活動しているアルジェリア系作家ヤスミナ・カドラの、タリバーンの恐怖政治が2組の夫婦を追いつめていく 『カブールの燕たち』 (香川由利子訳、早川書房)を読んだ時にも、同じことを感じた。
別の視点があるのは、現地で医療活動した女性産婦人科医の体験談である梶原容子 『アフガニスタン母子診療所』 (白水社)。性体験の有無を診断してもらいにきた少女に、事実と違う診断をする話がでてくる。処女でないと、名誉を守るために、少女は父親や婚約者に殺されてしまう。そんな、想像を超える文化の違いの話が続く。
屋外では全身をブルカで覆う女性たちも、女同士では下ネタ乱発でおしゃべりする。男女問わず現地スタッフは、出産を助けるため、機転を働かす。そのたくましさは魅力的で、印象は明るい。
しかしながら、現地に危険が及ばないように、地名やスタッフの名前だけでなく、著者自身の名前も変えてあると断った「あとがき」に、過酷な現実がむきだしになる。
いま「アフガニスタン」を読むことは、どうやら単純にはいかないが、それでも、小説やノンフィクションを通して、人々の姿や生活に少しは近づきたい。(由里幸子)
1978年冬、アフガニスタンの首都カブール。12歳のアミールは、ハザラ人の親友ハッサンと仲良く遊ぶ日々を送っていた。アミールは父ババと共に恵まれた生活を送っており、ハッサンは父アリと共にアミールの家で召使いとして働いていた。
恒例の凧合戦の日、子供たちは二人一組で糸巻きと糸の操作を分担して、巧みに糸を操り他の凧の糸を切るのを競っていた。街中の人々が勝敗に熱狂するこの凧揚げで、アミールとハッサンは見事優勝する。しかし、凧を拾いに行ったハッサンは、日頃からハザラ人のハッサンを嫌っているパシュトゥーン人のアセフたちに襲われてしまう。ハッサンを探しに行ったアミールはその現場を目撃するが、何もできずその場を去ってしまう。それを機に二人の間には距離ができたまま、1979年にソ連によるアフガニスタン侵攻が始まり、アミールは父と共にアメリカへと亡命する。
2000年、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ。アミールと妻ソラヤのもとに、アミールの初めての本が出版社から届く。そこへ電話がかかり、アミールはパキスタンにいるラヒム・ハーンを訪れ、パキスタンからタリバン独裁政権下の故郷へ向かうことになる。
原作(=右の画像)の脚本をデイヴィッド・ベニオフ (=「25時」を書いた作家)、サム・メンデスが製作総指揮、マーク・フォースター監督により映画化される。
中々いい映画でした。是非見てほしい作品です。原作も注文しました。(ハヤカワepi文庫)

関連して朝日新聞(1月8日)に、<アフガンを読む>人々の姿に近づきたいという記事と本3冊も紹介しておきます。
オバマ次期米大統領が、兵力増派の方針を明らかにしたアフガニスタン戦線の行方は日本にも影響が大きい。欧米では、男性優位の社会から抑圧を受ける、アフガニスタンの女性を描いた、男性作家による小説が目立っている。
11月に決まったフランスの権威ある文学賞・ゴンクール賞は、元アフガン難民作家が夫や社会から抑圧される女性を描いた小説「シンゲ・サブール 忍耐の石」だった。
一方、米国ではカーレド・ホッセイニ 『千の輝く太陽』 (土屋政雄訳、早川書房)が07〜08年に大ベストセラーになっている。アフガンの激動の歴史、とりわけ30年近く続く戦乱に運命がかえられ、夫や社会の暴力に苦しむ女性2人の魂の交流と、自由を求める行動を描く。
65年にカブールで生まれたホッセイニは父親が外交官。15歳で家族と米国に亡命し、医師になった。03年、初めての小説 『君のためなら千回でも』 (佐藤耕士訳、早川書房)で、伝統的なたこ揚げ遊びをする少年たちの友情と裏切り、成長してからの贖罪を描いてベストセラーになり、映画化もされた。
2作とも、シルクロードの十字路としてパシュトウン、タジク、ウズベク、ハザラなどの多民族の歴史や豊かな文化、軍閥の対立なども巧みに織りこんだ。しかし、読後、もどかしさがある。アフガンの伝統社会やタリバーンの、女性への抑圧や暴力はひどい。しかし、それが現在のアフガン戦争で、米国や多国籍軍の側からの視線に転化されそうな危うさを感じるのだ。
フランスで女性名で活動しているアルジェリア系作家ヤスミナ・カドラの、タリバーンの恐怖政治が2組の夫婦を追いつめていく 『カブールの燕たち』 (香川由利子訳、早川書房)を読んだ時にも、同じことを感じた。
別の視点があるのは、現地で医療活動した女性産婦人科医の体験談である梶原容子 『アフガニスタン母子診療所』 (白水社)。性体験の有無を診断してもらいにきた少女に、事実と違う診断をする話がでてくる。処女でないと、名誉を守るために、少女は父親や婚約者に殺されてしまう。そんな、想像を超える文化の違いの話が続く。
屋外では全身をブルカで覆う女性たちも、女同士では下ネタ乱発でおしゃべりする。男女問わず現地スタッフは、出産を助けるため、機転を働かす。そのたくましさは魅力的で、印象は明るい。
しかしながら、現地に危険が及ばないように、地名やスタッフの名前だけでなく、著者自身の名前も変えてあると断った「あとがき」に、過酷な現実がむきだしになる。
いま「アフガニスタン」を読むことは、どうやら単純にはいかないが、それでも、小説やノンフィクションを通して、人々の姿や生活に少しは近づきたい。(由里幸子)



